
そのかえるが帰ると言い出したので
俺はかえるにこう言った。
「そんな事を言うのなら、おれはかえるよ。」
「そんな事を言わないで下さいよ、もう帰るなんて
言わないから。」
それじゃーと、俺は店内を見て回ることにした。
かえるはなにやら入り口でぶつぶつと言っている
ようだったが、俺は聞かないことにして
新しいバッグを探していた。
容量がたっぷりあって、丈夫で、持ちやすくて
カラフルな色のバッグを探していたのだ。
店主は、浅野温子に良く似た女の人で、当然の
ことながら無愛想だったが、俺がバッグを探していると
気づくと狡猾な語り口で俺を陥れようと企んでいた。
「そのバッグ。あんまり丈夫じゃないけど
ハンドメイドなんだよ。もう、職人が死んじゃってさ
おんなじモノは作れないからさ。レアだけど。」
丈夫じゃないことはセールスポイントには
ならないのだけれど、そんなことはお構いなしだった。
「あ・・、それ。あたし気に入ってるんだ。
あんまりモノは入んないんだけど。でも、なんか好き。」
なんか好きと言われても、困るのだ。
「じゃ、これはどう?あたしの別れた夫と同じイニシャルが
入ってるんだけど。あ、もちろんそいつのじゃないよ。
だけどさ、これ見るとあいつを思い出して辛いんだ。
買って行ってくれると、助かるんだけど・・。」
T・Kなんてイニシャルの入ったバッグなんか
欲しくない。小室哲哉だと思われると恥ずかしい。
それに俺は、R・Hなのだ。
それでも、そのあからさまな、もしくは言い方を換えると
率直な販売努力が、なぜか滑稽で可笑しかったので
バッグを一つ購入することにした。
どちらかと言えば、容量が少なく、あまり丈夫そうでなく
使いにくそうで、色も地味なそのバッグを見た彼女は
とても言いにくそうに、
「本当に、それ買うの?」
と聞いてきた。
別にどれだって同じようなものだ。あんたが心配するような
ことじゃない・・・。
金を払って、出口に向うとさっきのかえるがひっくり返っていた。
かえるがひっくりかえる・・・。
あまりのベタさに怒りさえ込み上げて来て
おもわずかえるを、踏みつけにしようと思ったが
大人げないと思い直し、抱きかかえ起こした。
かえるを抱きかかえる・・・。
冗談じゃない。そう思ってかえるの顔をみると
かえるは怒り返っていた。
かえるが怒りかえる・・・。
しまった、これはかえるの罠だ!
そう思ったが、すでに時は遅し。
かえるはふんぞりかえって笑っていた。
ふんぞりかえるかえる・・・。
ああ・・どうしよう。これでは無限連鎖・・・。
俺は泣き出しそうになっていた。
このまま、永久にかえるの呪縛から逃れられないのか。
「ダカラカエルトイッタンダ」
かえるはあきれかえって俺を見ていた。
あきれかえるかえる・・・。
そして、ゲコゲコと大笑いをはじめた。
笑いすぎて、むせかえるかえる・・・。
その時、店の奥から浅野温子が出てきた。
「あんた、またお客相手に馬鹿なことやってんの?」
そう言うと、かえるをばしっと叩いた。
「兄さん、済まないね。ここはアタイに任しときな。」
そのままかえるに向き直るとこう言った。
「あんたが、どこに帰りたがっても、結局帰る場所は
ここしかないんだよ。ここでこうやって、お客をむかえるのが
あんたの役目なんだよ。あんたが池に帰るってんならかえるが
いいさ。だけどね、アタイはどうなるんだい。
アタイの青春はもうかえらないんだよ。あんたに費やしたアタイの
時間はどうやったらここにかえるって言うんだい。
あんたに殺されたうちの夫が生き返るとでもいうの?
失われた時間は、もうかえらないんだよ!」
「ケロ・・・。」
とかえるが鳴いて、呪縛は解けた。
話がややこしくなってきたので、俺はそそくさと
店を後にした。うちにかえるのではなく、うちに戻ろう
そう思った。


